成長ホルモン分泌不全のメッシ

みなさんは、アルゼンチン代表のサッカー選手、リオネル・メッシという人を知っていますか?サッカーが好きで詳しい人ならもちろん、それほど詳しくないという人でも、「その選手なら知ってる!」「名前を聞いたことがある!」という人も多いのではないでしょうか?リオネル・メッシは、スペインのFCバルセロナという名門サッカークラブチームに所属する選手で、まだ記憶に新しい2010年FIFAワールドカップ南アフリカ大会においてもアルゼンチン代表として活躍し、大変な注目を集めました。








テレビの画面越しに見るメッシはとても精悍で、芸術的とも言えるような素晴らしいプレイを見せてくれ、今や世界が認める名サッカー選手です。

しかし、このメッシに、もう一つの顔があることをご存知でしょうか?彼は、サッカー選手として活躍する一方で、「レオ・メッシ財団(Fundacion Leo Messi)」を設立し、難病の人々の救済、そして、彼らの夢を叶えることを信念とし、他の慈善団体との協力のもと、病院や施設を訪問したり、イベントを開催したり、施設環境の向上に尽力しています。

このような活動にメッシはなぜ力を注ぐのでしょうか?








実は、メッシはかつて、「成長ホルモン分泌不全性低身長症」という重大なハンデを抱えていました。

成長ホルモンの分泌が悪いために身長が伸びず、極端に背が低くなってしまう病気です。

幼い頃から背が低かったメッシが11歳の時、「成長ホルモンの分泌異常で、このまま治療なしには身体の発達が望めない」との診断を受けたのです。








メッシ少年にはサッカー選手になる、という夢がありました。

本格的にサッカーを始めたのは5歳のとき、8歳になる1995年には地元のサッカークラブに入団。

練習に励み、順調に技を磨いていきます。

ところが、11歳のときに成長ホルモンの分泌異常が発覚し、治療を開始することに。

これまで真っ直ぐに何の疑いもなく描いていたサッカー選手としての将来が、突如として不安に揺らぎ始めます。








メッシの成長ホルモン分泌不全性低身長症の治療は月に900ドル。

当時の日本円に換算すると9万円くらいです。

この高額な治療費に対して父親の収入は決して高くなく、冶金工場で働く家計の収入は日本円に換算して大体25万円程度。

メッシ家の家計は毎月圧迫され、どんどん生活が苦しくなっていきました。

このまま治療を続けることは、一家の生活そのものを危ういものにしてしまう。

ただいま治療を続けなければ、サッカー選手としての未来はない…。

この葛藤の中で、メッシと彼の家族はどれほど苦しんだことでしょう。








そんなメッシの未来に明るい光を点したのが、彼が13歳の時、現在所属するFCバルセロナの入団テストです。

当時身長は143cmで、体重は35kgしかありませんでした。

しかし、当時の監督であったカルロス・レシャックは、メッシの才能と将来性を一目で見抜き、すぐに合格を決めたといいます。

メッシは一家でアルゼンチンからスペインのバルセロナに移住し、さらに高額な治療費は、FCバルセロナが全て負担することになり、夢に向かう新しい生活が始まりました。








皆さんご存知のとおり、メッシの地元アルゼンチンもサッカーが盛んな国で、メッシ少年の才能を認めて獲得を希望するサッカークラブは数チームありました。

しかし、アルゼンチンは決して豊かな国とは言えず、クラブが治療費を負担できるほどの豊かなチームがありませんでした。

メッシは今、レオ・メッシ財団を通じて、かつての自分のような子供たちの夢を叶えるために活動しています。








リオネル・メッシ。

1987年6月24日生まれ。

身長170cm、体重67kg。

成長ホルモン治療によって低身長を克服して、見事にサッカー選手としての輝かしい夢をかなえたその頼もしい姿は、低身長に悩むたくさんの子供たちとその家族にたくさんの勇気と希望を与え続けています。